母の命日に綴ったことば

母の命日に想いを込めて綴った記事の写真。子どもの頃の私と母。

54歳で旅立った母へ、今なら伝えたいこと

母の命日に思い出すあの日

エイプリルフールが母の命日。

目を閉じて息をしなくなってしまった母。
もしかしたらエイプリルフールで、これは冗談って言って、目をあけて笑ってくれるのではないかと思ったあの日。

目の前で起こっていることが、まるで映画のシーンのようで、現実とかけ離れてしまったあの日。
何が起こったのか、受け入れられず、ただ茫然と立ちすくんでいました。

あれから、何年もの月日が経ちました。
それでも、命日が近づくと、あの頃の記憶がふとよみがえってきます。

16歳の私が抱えていた想い

母が54歳でこの世を去った時、私は16歳でした。

今の私よりも若かった母が、6年もの間、病と向き合っていた日々。
あの頃、もっと気づいてあげたかったことがたくさんあります。

そんな思いを、ことばにしてみました。

お母さん、ごめんね。
今だったらもっと話し相手になってあげられたのに。

お母さん、ごめんね。
いつもさみしい思いをさせてたね。

お母さん、ごめんね。
私がもっと大人でなくて。

今思えば、色々なこと、もっともっと話せたね。

お母さんの初恋の話とか、
どんなことに驚いて、どんなことに興味をもって、
そして、お母さんはどんなことを夢見てたのか。

今、時間があったら、いっぱいいっぱい話せたのに。

きっとお互い笑いあって、時には泣いて、でもきっともっと心がつながってたね。

時を戻せるならば、本当に少しでももう一度話せるならば、
きっともっと分かり合えて、心が通じ合えてたろうに。

でもね、思うんだ。

お母さんはきっと私のことはわかってたんだね。
私よりも、ずっとずっと私を理解してくれてたんだね。

でもね、私はお母さんのこと、何も知らないんだよ。

もっといろいろ聞きたかった。
もっといろいろ話したかった。

今だったら、きっとお互い笑いあって、時には泣いて、でもきっともっと心がつながってたね。

ごめんね、お母さん。
でもそんなこともお母さんはわかってて、きっと笑ってくれてたんだね。

ありがとう。
今度会えたらいっぱい話したいことがあるよ。

その時は、もっとお母さんのことを知りたい。
だって、いっぱい聞きたいことがあるから。

母の年齢を越えて思うこと

母がこの世を去った年齢を、私は越えました。
そして、毎日がギフトという思いが、より強くなりました。

今を大切に生きよう。
時間を大切にしよう。
やりたいことは勇気を出してやってみよう。

そして、誰かに伝えたいことがあるなら、素直に気持ちを伝えよう。
大切な人と、もっと話しておけばよかった──という後悔はもうしたくない。

そんな、大切な誰かと過ごす、何気ない時間のかけがえのなさを改めて感じた一日でした。

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