なぜ健康に気をつけて生きるのか?今を心地よく生きるために

森の小道と海の景色。健康に気をつけて生きる意味を考えるイメージ

健康に気をつけるってなんだろう

健康に気をつけていても病気になる人がいる一方で、毎日ワインを1本あけ、タバコを吸い続けても元気に生きる人もいます。
そんな現実を前にすると「健康に気をつける意味って何だろう」と考えてしまうことがあります。

健康に気をつけなくても元気に生きる人

夫の知り合いのお父さんはその典型です。
毎日ワインをボトル1本近く飲み、長年タバコも欠かさない生活を続けています。
それでも82歳の今も元気です。

ただ、実際に会った人はみんな「100歳くらいに見えた」と言います。
肌はシワだらけで年齢以上に見え、正直“健康”には見えません。
それでも本人はとても朗らかで、人生を楽しんでいるように見えました。

健康的な生活をしても病気になる人

その一方で、夫の母はまったく違う生き方をしていました。
食事に気をつけ、お酒もほとんど飲まず、毎朝犬と森を歩き、夏には毎日泳ぐ。
若い頃には全国大会に出場するほどの実力で、水泳が大好きでした。

家を買うときも「プール付き」を条件にするほどで、旅行やスノーバード生活も満喫していました。
けれど74歳でがんにかかり、帰らぬ人となりました。

こうした現実を目の当たりにすると、「健康に気をつけて生きる意味って本当にあるのだろうか」と疑問がよぎります。

奇跡のような回復を遂げた人

一昨年の夏に会った友人の旦那さんの親友の話も印象的です。
彼は背中に腫瘍が広がり「余命数日」と宣告されました。
家族や友人たちはお別れをするために集まったそうです。

そのとき、友人が折った千羽鶴を見つめながら、急に祈りにもにた思いだったそうですが「自分は死なない」という確信のようなものが湧いてきたそうです。
そして、そのあと不思議と腫瘍が次々と消えていき、医師もその理由が説明できなかったといいます。

彼は「奇跡の千羽鶴のおかげだ」と笑い、ビールを片手に「人生はわからない。だからこそ、この一瞬を楽しまなきゃね」と語っていました。

努力しても報われないこともある

しかし、奇跡のような話ばかりではありません。
私の母は47歳で乳がんを発症しました。

その直前、同年代の仲良くしていたご近所さんが乳がんの手術の後に転移を繰り返し、とうとう亡くなってしまいました。
そのせいで、西洋医療に強い不信感を持ち、抗がん剤や手術を受けず、知りえる限りのありとあらゆる自然療法や食事療法に取り組みました。

けれど病気は進行し、54歳で亡くなりました。
信じる力が病気を遠ざけることもあるのかもしれませんが、それがすべての人に当てはまるわけではありません。

健康に気をつけていても病気になる人がいます。
そして、医療を拒んでも回復する人もいれば、努力しても報われない人もいるのです。

命の長さと健康

では、それを決めるカギはいったい何なのでしょうか。
映画のように、生まれたときに命のろうそくが用意されていて、燃え尽きれば終わる―そんなふうに決まっているのでしょうか。

もしそうなら、健康に気をつける意味はどこにあるのでしょう。

今日を心地よく生きるために

そんな問いを繰り返すなかで、最近私はこう思うようになりました。

健康に気をつけるというのは、未来のためではなく「今日を心地よく生きるため」なのかもしれない、と。

体にいいことをすると体調が整い、心も軽くなります。
そして、調子がよければ外に出たくなるし、自分の中でポジティブなエネルギーが溢れてる気がして、心がうきうきします。
健康的な生活は未来を保証するものではなく、自分が今日この時に「自分らしく」生きるための土台のような気がします。

自分の生活を気にかけるということは、自分が毎日をどう生きたいかという大事な選択の一つなのです。
その積み重ねが、人生そのものを形づくっていくのかもしれません。

未来が不確かだからこそ、ただ好きなことだけしていればいいわけではありません。
気をつけることで予防できることもあります。

けれど、自分を縛りすぎず、心地よく楽しんで生きること、これもまたとても大切なのだと思います。

健康に気をつける意味は、未来のためではなく今日を心地よく生きること。
そんなふうに思うと、毎日の何気ない選択も、実は今日の自分の幸せにつながっているんだな、と感じます。

最近の投稿より

同じカテゴリーからの最近の投稿をご紹介します。

上部へスクロール