
自然は急がない。けれど、すべてはやがて成し遂げられる。
この言葉は、古代中国の哲学者・老子(ろうし)の『道徳経』の一節として知られています。
雪の日に思い出す「自然は急がない」という言葉
雪が積もると、普段とは違う準備や作業が増えます。
それは、犬の散歩の支度にひと手間かかったり、雪かきをしたり。
また、鶏たちの飲み水が凍ってしまうので何度も取り替えたりお湯を足したり。
そして、室内ランの止まり木で気ままに眠る鶏たちを、寒さから守るために毎晩小屋へ運びます。
昨夜は14羽もいたので、思わず説教してしまい、夫に笑われました。
そんなこんなで、ここ何日かは予定がおされて、寝不足続き。
ちょっとあくびをしながら、いつものように朝の鳥小屋の掃除を終えました。
雪景色が教えてくれたこと
庭を歩いているときに、ふと立ち止まって雪をかぶった木々を見つめた時です。
柔らかな朝の光が木々の間からさして、雪が輝いて見えました。
その雪景色をみつめていると、不思議と心が落ち着いてきました。

自然は急がない、と言った老子とは
老子(Laozi、ろうし)は、紀元前6世紀から5世紀ごろの中国、周(しゅう)王朝の末期に生きたとされる思想家です。
はっきりとした生没年は不明で、その人物像も伝説的な部分が多く含まれています。
彼は「道(タオ)」という概念を中心に据えた思想を説き、『道徳経(タオ・テ・チン)』という書物にその教えがまとめられています。
これは、道教の経典としても有名で、また東洋思想全体にも大きな影響を与えました。
言葉の背景:「道(タオ)」という考え方
「自然は急がない、それでもすべては成し遂げられる(Nature does not hurry, yet everything is accomplished)」という言葉は、英語でよく知られています。
元は『道徳経』の中にある老子の思想の要約とも言えるものです。
老子は、人間が自然の流れに逆らわず、無理に抗おうとしなければ、すべてはおのずと整うと説きました。
老子が大切にした考えのひとつに、「無為自然(むいしぜん)」という言葉があります。
これは「何もしない」ということではなく、「自然の流れに身を任せる」「無理に操作しない」といった意味です。
たとえば、水が低い方へ流れていくように、自然にはあるべき方向や秩序がある。
その流れに逆らうことなく、調和の中に身を置くことが、最も力強く、効果的な生き方であるというのが老子の考えです。
なぜ、自然は急がない、と言ったのか?
老子がこのような言葉を残したのは、彼の時代が戦乱や権力争いの多い混乱の中にあったからだとも言われています。
人々が急いで結果を求め、力で物事を変えようとした結果、さらに混乱が生まれる。
そんな社会に対して、老子は「急がずとも、物事は自然と成る」と語りかけたのです。
つまり、この言葉には「焦らずに、本来の流れを信じよう」という深いメッセージが込められています。
自然のリズムとともに
自然は急がない。
それでも季節は巡り、草木は芽吹き、花はやがて実をつけます。
毎日見ている庭の植物も、昨日と変わらないようでいて、よく見ると小さな変化があります。
気づけば、木の芽がふくらみ、雪の下から新芽がそっと顔を出している。
いつも目にしていたはずなのに、「いつの間に…?」と思ってしまうような瞬間です。
すべてが、それぞれのペースで確かに育っているのです。
日々の中で、思うようにいかないことや、立ち止まらざるを得ない瞬間があっても、それもまた自然の一部。
大切なのは、焦らず、比べず、自分の歩幅で進むことかもしれません。
焦らず、今を味わう
私たちの暮らしは、とかく「早く」「効率よく」を求めがちです。
でも、立ち止まる時間も必要です。
雪の日のように、予定通りにいかないことも、自然からのメッセージなのかもしれません。
自然は急がない。それでもすべては成し遂げられる。
もちろん、自分から種をまき、準備することは必要です。
でも、焦らずに進めば、少し遅れても自然が後押ししてくれる。そんなふうに、結果オーライになることも少なくありません。
深呼吸をして、一つひとつを丁寧に。
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